肌寒い四月の夜、三人組の少年が夜桜の咲く歩道を必死に駆けていた。彼らは桜の木の下でこの季節の風物詩である花見という名の酒飲み集会をしていたサラリーマン達を襲撃し、今夜の酒代と煙草代をめぐんでもらおうとしていた、しかし、あと少しのところで邪魔が入った、自分達と同年代くらいの少年に叩きのめされたのだ。
「止まれよ、もう追いかけてこないよ」 少年のひとりが言うと、前を走っていた二人が立ち止まった。
「アイツ何者だよ・・・・・・」
「変なグローブ付けていたよな」 彼らはもう今夜は別のターゲットを見つける気にならなかった。
夜桜の集団から少しはなれた公園のブランコに、右手にギブスをはめた少年がコーラを飲みながらスルメをかじっていた。
「まだまだだな・・・・・・」 グデングデンの酔っぱらい達からお礼にと貰ったスルメをあまり噛まずにコーラで流し込むと自分の右手を撫でた。
草薙圭介が自分の知らない秘密を知ってから半年以上がたった、圭介は明日、星笠学園の入学式を控えている、無事合格したのだ。もっとも、十二家の関係者なら特別入学できるのだが、父や姉から言われ、真面目に受験勉強したのだ。
草薙家で『鎧』の力を使えるのは、幸一と唯だけだった。丈は虚弱体質なのだ、美奈子は草薙家に嫁ぐ前に『鎧』の力を知っていた、自分も身につけようとは思わなかったが、十二家の摩訶不思議な力を否定することもしなかったという。
圭介はとりあえず家族と和解できた、まだぎこちなさもあるが、以前のようではない。草薙家の秘密を知ったことで、以前まで感じていた居場所が無いという思いが無くなったのだ。
あれから青卯石の使い方も少し教わった、光剛石は黒雲母のように脆く、手で少し砕いてエネルギーを発生させ使用する。
圭介はまだ鎧を作ることは出来ない、右手と右足にプロテクターをつける程度である、しかし「鎧」といっても、あくまでも皮膚の硬質化なので、鋼鉄のようなものを攻撃すれば、ある程度痛みは感じる、だが身につけることで、自信の身体能力が強化されるという特典があった。
すっかり黒に戻った髪をいじりながら、右手を元に戻した、圭介は礼羽のことを思い出していた。
「あいつらが来る前までに『鎧』を完成させなきゃ・・・・・・」 あれから礼羽も波佐間も襲撃に来なかった、おそらく十家が何らかの対策を施してくれたのであろうが、圭介は彼らが再び自分の所に来ると確信していた。
「十二家が星笠学園を設立してから五年後のある日、十二家の中では二番目に力のあった波佐間家が、突然、礼羽家を傘下に入れて連盟から脱退したの」
「傘下?人に従うようなやつには見えなかったけど?」 圭介は先ほどの漆黒の鎧の発言を思い出した。
「当時、礼羽家は事業の失敗が続いて、波佐間家におんぶ抱っこだったの、波佐間家が脱退した理由は分からないけど、一説では、彼らが自分たちの司る「獣」の力の解明に成功したからではないか、と言われてるの」
「それが何で脱退の理由になるの?」
「波佐間家は昔から研究を反社会的なことに使おうと考えていたの、『鎧』や『剣』は規模の小さいものだけど、『光』や『獣』は底知れない力があると言われてて、特に『獣』は動物の生態に影響を与える力があるから、悪用されるととんでもないことになるわ」
「豚を金色にしたり、鶏が空を飛べるようになったりとか?」
「そんなことして何の意味があるの?悪用というのは、遺伝子を組み替えたり、合成したりして凶暴な未知の生物を作り出したり、バイオテロに利用したりすることよ」
「バイオテロ・・・・・・」 圭介もようやく事の重大さに気がついた。
「その後、波佐間と礼羽は外国にわたって、かなり危険な邪教衆と共同研究していたらしいの」
「じゃきょう?魔術か何か?」
「うん、でも言っておくけど光剛石の力はあくまでも科学と地質学の領域で、魔術的な要素は何もないのよ?」
圭介はしばらく考え込んでいたが、やがてあることに気づいた。
「さっきの話で、子孫たちを研究に協力させたって・・・・・・」
「そうよ、私も丈兄さんも星笠で研究を手伝っていたわ」
「て、ことは・・・・・・」
「もちろん、あなたも草薙家の一員として星笠学園にいくのよ」
「えええ!?」
「なんてね、強制はしないわ、あなた自身が決めることよ」
今日は朝から驚きの連続だった、自分の知らない歴史と家族の姿を知ることになった、まだまだ唯に聞きたいことはたくさんあった。父や母、兄、そして自分もまた、『鎧』を纏うことができるのか?礼羽が襲ってきたのは何故?家にいて安全なのか?逃げきることはできるのか?残る十二家はどんな人たちなのか?そのほかにも様々な疑問が次から次へと浮かんできたが、何故だか星笠学園に行くことを拒否しようという考えは頭に浮かんでこなかった。
「星笠学園って、兄さんと姉さんが通っていた学園だよね?」
「そうよ、ちなみにこの学校は十二家の一つで『光』を司る白御風家が代々経営しているの」 唯はパンフレットのページをめくり、学園長の写真を見せた。禿頭のくたびれた中年がニヤついている写真だった。
「このハゲ頭から『光』の光線を出すのかなぁ?」
「失礼なことを言うんじゃないの」 注意しつつも唯の頭の中には禿頭から光線を出す学園長のイメージが写されていた。
「そもそも十二家は石を研究する学者の家系で、戦闘に使うために原石を所有しているわけではないの」
「政府はこのことを知っているの?」
「一部の人だけね、戦前は石の力で欧米諸国に対抗しようとしたらしいけど、実験の際、兵士達が石を使っていても全然力が発揮されなかったの、それで、十二家の学者達は信用をなくして研究を中断させられてしまったの」
「ふーん」
「しかし、この石には未知の力が在ると確信していた十二家は、協力して研究施設を建てたの、しかし、ただの研究所だと政府が許さなかったので、表向きは高等学校ってことにしたの、そこに子孫達を入学させて研究を手伝わせたの」
「じゃ、十二家は仲いいんじゃないの?」 圭介は礼羽家の人間の事を思い出した。
「その後、ちょっと事件が起こって・・・・・・」 唯は先程とは打って変わって真剣な表情でその後の歴史を語り始めた。
「こ、金剛石?じゅうにけ?」
「金剛石はダイヤモンドでしょ?光剛石だよ」 唯はポケットから先程見かけたのと同じような青い石を取り出した。
「これが全部で四種類ある光剛石の一つ、青卯石だよ」
「あとの四つは?」 圭介は青卯石をしげしげと見ながら尋ねた。
「緑午石、黒子石、赤酉石だよ」 唯は得意げに話した。
「この石と鎧はどんな関係が?」
「四つの石にはそれぞれ特殊な力が備わっているの、青卯石は人間の皮膚を硬質化させる『鎧』の力、緑午石には空気中の水分を原始的な武器、あ、剣とか槍とかのことね。に変える『剣』の力、黒子石はその石そのものがエネルギーとなり、使用者が出す「音」に乗せて光線のように打ち出す『光』の力、赤酉石は・・・・・・私はよく知らないのだけど、動物の爪や羽に力を与える『獣』という力が備わっているらしいの」
「・・・・・・姉さん、酔ってる?」
「むー、まだ私の話は終わってないぞ、そんでもってその四つの石の巨大な原石を所有しているのが光剛石十二家なの、ウチもその中の一つ」
「この石が鎧になる・・・・・・」 圭介はほとんど聞いてなかった。
「あ、言っとくけど、鎧の形は私の趣味じゃないよ?使う人間によって形は決まっているの、自分で着ていて嫌になるのよねー、すっごい醜悪だもん、最初着たときは鏡見て吐きそうになったよ」 圭介の反応など気にもせずに唯は自分の意見を述べた。
「この間、俺の前に現れたのも・・・・・・」
「ワタシ」
「なんで殴り飛ばすのさ、俺、あのあとしばらく気を失っていたんだよ?」
「何言ってんの!無抵抗の人に暴力をふるって!悪い弟にはお仕置きしなきゃ!」
「喧嘩を売ってきたのは向こうだよ?」
「理由になりません!」
「うぐ・・・・・・」 圭介は言葉に詰まった。
「ま、それはさて置き」
「さて置くんかい」
「本題に入ろうか」 唯は冊子を取り出した。
「それは・・・・・・?」
それは高校のパンフレットだった、表紙には金色で『星笠学園』と書かれていた。
「さてと、じゃーまず、何から話そうか?」
「・・・・・・」 圭介は絶句していた。無理も無い、朝っぱらからとても人とは思えない二体の化け物に襲われ、一体に助けられ、人目のつかない所に連れてかれ、そいつが鎧を脱ぐと、正体は圭介がよく知っている人物だった。
「まだ夢の中にいるのかな・・・・・・いてっ!」 圭介は自分の頬をつねった、すると反対側の頬を濃紺の甲殻男の正体がニヤニヤ笑いながら強めにつねった。
「現実だよー」 先程とは打って変わって明るい声だった。
濃紺の甲殻男の正体は唯だった。甲殻男ではなく、甲殻女だった。
「あなたは誰ですか?」 圭介はまだこれが現実であるとは認めていなかった。
「私がわからない?ショックだー、弟に存在を忘れられるなんてー」
「そうじゃなくて!さっきの甲殻みたいな鎧は?黒いヤツは一体何者?」 圭介は怒鳴った、唯の鎧はもう無い、先程、抱えていた圭介を下ろすと、青い光の粒になって消えてしまった。そこから唯が現れたのだ。
「あれは青卯石から作った鎧、黒いヤツは緑午石から作った剣を持った礼羽家の人間だよー」 唯はサラリと言ってのけた。
「・・・・・・」
「ふふふ、解らないよね、じゃあ、一から教えていくからね、光剛石十二家の事を」 唯は楽しそうだった。
4.衝突へ << 目次へ >> 6.明かされる6つの力へ
漆黒の甲殻男がおぞましいうなり声を上げ、濃紺の甲殻男へと飛び掛った、濃紺の甲殻男は、ヒラリと身を翻すとその右手に青い閃光が走った。
「け、剣?」 濃紺の甲殻男の右手に、さっきまでは無かった刃物の様な物があった。
「ヤハリ、クサナギノツカサドルチカラハ『ヨロイ』・・・・・・」漆黒の甲殻男は濃紺の甲殻男と距離をとると、翼をたたみ、両手を宙に掲げた、すると、激しい緑色の閃光が走り、光が消えると、ゲームに出てくる様な、諸刃の巨大な剣が現れた。刃渡り2mは軽く越えていた。
「ナゼ『ツルギ』ヲ・・・・・・」 濃紺の甲殻男が唸った。
「イズレ、ワガイチゾクハ『ヒカリ』モ『ケモノ』モシュウチュウニオサメル、キサマラニハココデキエテモラウ」 漆黒の甲殻男は大剣を構えると、地面に叩き付けた。
轟音と共に、地面が砕け、辺り一面が崩壊した。
圭介は空を飛んでいた、しかし、自分の力で飛んだわけでもなければ、この間のように殴り飛ばされて飛んだわけでもなかった、翼の生えた、濃紺の甲殻男に抱えられて飛んでいた。
「あ、あんたは一体・・・・・・」 圭介は甲殻男を見上げた。
「ダイジョウブ、ケイスケハワタシガマモル」
その声は恐ろしくも優しい声だった。