未来の地球。
人類が自分達の手で創った一番最後のシステム『Digital Life』。脳をこのシステムとシンクロさせる事によって、デジタルでバーチャルワールドに入り込んでいる錯覚に陥れるのだ。21世紀に入ってからは物事のデジタル化が止まる事がなかったが、思考回路のデジタル化の成功によってついに"人間”自体がデジタルになったのだ。
人類は自らが創ったロボット達に全ての事を任せ、ひたすら自分の趣味や娯楽の為に生涯を費やしていた。それも、それは自分の体ではなく、デジタル世界のアバターの体でだ。つまり今の時代、人間は生まれてから死ぬまで一度も現実の世界で生活する事はないのだ。
栄養は点滴で補給しているが、それ等を管理しているのはロボットだ。排泄から生殖活動まで、人間が生き残る為に必要な"仕事"は全てロボットが行っているのだ。
ちなみにロボットの反乱は絶対に起こりえない。何故なら、ロボットと言っても、少し前の時代まであった家庭用ロボットのように自分で物事を分析しながら考えて行動するタイプとは違い、一定時間ごとに一定の動作をしたり、Digital Life からの人間の命令で一定の動作をするような、原始的なロボットだからだ。つまり、自分から進歩等しないのだ。
変わる事のないロボットに、それ等に管理されている何もしない――実際はデジタルの世界で動いている――人類。
そう、人類は自らの進化を止めたのだ。
その世界で生きる――生きるという表現が正しいかはわからないが――少年が一人。
彼の名前はタツヤ・ムラカミ。日系人の19歳だ。
彼の部屋の中央には巨大なスクリーンがそびえ立ち、その周りは膨大な量のDVDで溢れている。ちなみに何故DVDかと言うのは、完全に彼の趣味の範囲の話になってくる。彼は旧世紀の映画というものに興味があるのだ。
この世界では決まりはない。誰もがその世界の創造者であって、世界はその人の色で創られているのだ。
彼はそのDVDの内の一つに今日の"冒険の舞台”を絞込み、おもむろにその映画をスクリーンに流し始めた。そして、ソファに座り、暫く映像を観て楽しんだ彼は、躊躇う事なくスクリーンの中へと入っていった。
そう、映画の世界へ入り込むのが、彼の Digital Life なのだ。
草薙圭介(くさなぎけいすけ)の目の前に現れたのはまるで特撮アニメに出てくる怪人のようだった。しかし、動物と人を掛け合わせた、所謂「○○男」のようなその他大勢のようなものではなく、物語後半に現れ、主人公を苦しめる中ボス、あるいは幹部と言ったほうがいいかもしれない、どこか毒々しい格好よさがあった。
上から下までゴツゴツした濃紺の皮膚、いや甲殻のようなものに覆われ、頭には三本の角、肩や腰には太い棘のようなものが生えている。
「な、何だよこれは・・・・・・」 圭介は夢でも見ているのかと思った。
「ナンテコトヲ・・・・・・ヤメナサイ」 甲殻男は低く、恐ろしい声を出した。
先程まで、圭介は喧嘩を売ってきたヤンキーを打ち倒したところだった。そのヤンキーはいま地面に転がっている、今まさに圭介は止めをさそうとしていた、そこにこの甲殻男が現れたのだ。
圭介と甲殻男は向かい合った、隙を見てヤンキーはこっそり逃げ出した。
「イエニカエリナサイ」
「何だと・・・・・・」 圭介は甲殻男を睨んだ。
突如現れた謎の男に恐れより苛立ちを覚えた圭介は拳を握り、飛び掛った。倒せる自信があった、不思議とそんな気がした・・・・・・。
「!・・・・・・」
圭介は一瞬何が起こったか分からなかった、目の前がぶれた、今まで体験したことの無い衝撃が腹に来た。体勢が前かがみになったと思ったら、その格好のまま後ろに飛んでいた。その後、アスファルトに背中から叩きつけられた。
「あっ!ぐぅ・・・・・・」
激しい痛みで薄れ行く意識の中、圭介は甲殻男の低い声を確かに聞いた。
「ワタシハカナシイヨ、ケイスケ・・・・・・」
そして世界が闇に染まった。